「富士」(武田 泰淳)

 

武田泰淳の作品は20代の頃何作か読んだきりで、
その後特に興味もなかったのだが、

この『富士』という超大作があると知り、
怖いもの見たさ半分で読んでみた。

文庫本で600ページを超えるわけだから、
力作であることは間違いないが、
お世辞にも良作であるとはいえない。

精神病院を舞台にして、研修医である「私」と、
その患者たちとの関係を通じて、

人間ってものは、結局肉体によってしか生きられないのだということを、
ありのままに描こうとしたのだろうけれど、

精神病患者の言動であれば、
多少の異常は違和感ないだろうという設定自体が、
そもそも「逃げ」だと思うし、

あとがきで専門家が触れているように、
肝心の精神病患者の言動が、あまりにもリアリティに欠け、
不可解を通り越して滑稽ですらある。

しかも作者自身ですら、その落ち着かせどころが分からないために、
後半はもうグダグダ、

それらしいエピソードを書いておけばそれらしく見えるのだという、
一応名の知れた作家らしからぬ投げやり感。

ディテールのリアリティに欠け、
構成も空中分解してしまっているという、
これは失敗作の部類だろう。