自宅のある成増から副都心線で1時間近く揺られ、
二日酔いで若干気持ち悪くなりながら、到着。
すでに桜は散ったというのに、
特に浜風の強いみなとみらいエリアは、まだまだ寒い。
肌寒い天候の中、ヌードなぞを観ると、ますます寒くなるのではないかという恐れもある。
思うに、人を描くのであれば、ヌードこそである。
服を着ている状態を描いても、それは服を描いているにすぎず、
だからこそ、たとえばマネの「草原の昼食」などは、
多少不自然ではあっても、人間をのものを描いた芸術として評価されるわけだ。
正直、今回の展示は玉石混淆。
上で述べたような、真の意味でのヌードもあれば、
単なる「お下品」のような作品もあり、
一言でヌードといっても、なかなか奥が深いことを実感させられた。
では例によって、気になった作品を紹介しよう。
・「浴室」(ピエール・ボナール)
横幅一杯に、浴槽に横たわる女性を描くという大胆な構図もさることながら、
水面下の人肌の微妙の色の表現が、実に繊細である。
光の屈折や水温により、肌の色は通常とは違う色合いを見せるはずであって、
それをいかにもボナールらしい感覚で描いている。
いきなりの真打登場。
・「お気に入りの習慣」(ローレンス・アルマ=タデマ)
こちらはボナールとは対照的に、緻密な筆遣いが目に付いた作品。
手前の二人の女性の、動的な姿勢にまとわりつく水の表現が素晴らしい。
そして遠景の人物たちの姿が、
前後の動きを想像させてくれる、まさにスナップショットとして描かれていて、
前景の二人の女性の大きな動きとの対比をうまく際立たせている。
こういう奥行のある作品は、観ていて楽しい。
・「パンとヌード」(ジャン・エリオン)
ドアの両側に男物と女物の服が掛けられていて、
右下には男物の靴が置いてあり・・・
と、情事の後を思わせる物語性も魅力なのだけれど、
3本のパンの配置と、女性のポーズのバランス感覚が、
僕には印象的だった。
3本のパンは鋭角三角形をなしていて、
それと、女性の両腕のそれぞれの肘が作る角度とが、
絶妙な位置関係にある。
具体的には、女性の左の肘と右の肘を結んだ線を延長すると、
パンの三角形の頂点にぶつかることになり、
さらに、女性の左肘とパンの三角形の左側の底角とが縦に整列していて、
一見生々しい作品を支えるこの幾何学性が、
何とも心地よいのである。
・「ジムで運動するアスリートたち」(ウィリアム・ロバーツ)
アスリートの筋肉を、単純な線と影だけで表現しているのと、
デフォルメされた各パーツが無機物のように配置されているのが楽しい。
でも人物たちのアウトラインをとれば、
おそらくは幾何学的な構図が浮かび上がってくるはずで、
単純そうに見えて、実はかなり計算されつくした作品なのだと思う。
・「接吻」(オーギュスト・ロダン)
今回の目玉は、コレ。
これを観るためだけにお金を払ったとしても後悔はしない。
僕は普段、絵画ばかりで彫刻はあまり見ないのだけれども、
でもこの作品には圧倒された。
ディテール、造形力、表現力、いずれをとっても感服せざるをえず、
観る角度によって、全くちがうストーリーが浮かび上がってくるような、
まさに鬼気迫る作品。
ヌードとかそういう括りは無視して、
これを観るだめだけに、横浜に足を運ぶ価値は十分にあるだろう。