細胞における、DNA、RNA、タンパク質、脂質の「協業」に始まり、
その細胞を取り込んだ真核生物、
そしてそれが多細胞生物となり、
アリやハチのような社会性動物を経て、
ヒトのような非血縁間でも協力をするような動物へ、
という進化の歴史がある一方で、
進化を早めるためには、
裏切り者の存在も必要であったことを述べる。
この本を読んでの感想は人それぞれだとは思うのだが、
僕は生命の進化は、「協力と裏切り」という見方ではなく、
「得か損か」という視点で捉えるべきだと思っている。
つまり、真核生物が他の細胞を取り込んだのも、
そしてそれらが集まって多細胞生物になったのも、
別にそこには「協力」という概念があったわけではなく、
あくまでもそうすることがお互いにとって「得」だったからである。
ヒトの社会についても同様で、
ヒトは動物的には足も遅いし力も弱いし、
非常に弱い生き物であることは間違いない。
であるからこそ、
協力してお互いの身を守るというのが「得策」だと気付いたわけで、
それは現代の政治や社会においても確認できる、
ヒトの行動の根本にある信条であろう。
逆にいえば、
裏切りが「得策」であるときは、
裏切るのではないか。
進化においてあまり裏切りの実例が見られないのは、
それがあまり必要とされていないせいなのかもしれないし、
進化というのはあくまでも「結果論」にすぎない(ここは重要)ので、
その過程におけるネガティブな面も、
見過ごされてしまう可能性が高い。
つまり何が言いたいかというと、
「協力」「裏切り」というヒューマンな表現で進化を捉えようとすると、
真実から遠ざかる可能性があり、
おそらく生物はもっとドライに、
「それは得なのか、損なのか」ということしか、
進化の原動力としてこなかったであろうということだ。
ただ、この本で指摘しているように、
RNAのような非生物的存在には、
協力的行動が見られないという事実は、気にかかる。
ウィルスも然りだが、
生物と非生物との間にある違いを詳しく調べることで、
そもそも「生物とは何か」という定義自体が、
もっと明確になってくるのだろう。