柳父 章 著「翻訳語成立事情」(岩波新書)

近世になって、外国語が輸入されるようになり、
それがもともと日本には存在しないような概念だった場合に、

どのような訳語にすればよいのか、
当時の知識人たちが相当悩んだであろうことは想像に難くない。

そしてその訳語が、
まったくの造語であるならば問題ないのだが、

それより以前に、別の意味で使われていた語だと、
事情はややこしくなる。

この本でも紹介されている分かり易い例でいえば、
「nature」という外国語に対して、
当時の日本人は「自然」という訳語をあてた。

しかしこの「自然」という語は、
もともと「おのずから」という意味で使われていたわけで、

それがあるときから「nature」の意味も併せ持つようになると、
まさに田山花袋が「自然主義」を誤って解釈したような悲劇(?)が、
生じることとなった。

その他にも、
「自由」「権利」「恋愛」「美」「存在」など、

これらの訳語がどのように生まれ、
どのような試行錯誤を経て定着したのかを、
鋭く考察した本。

言葉は人に使われるものではあるのだが、時として、
言葉が人の考えや行動を左右しうるということを教えてくれる。

言葉と人は、どのように付き合うべきなのかを、
あらためて考えるきっかけとしたい。