OED(オックスフォード英語大辞典)といえば、
英語圏においてはもちろん、
世界最高級の辞典であるとともに、
人類の著作史上における、
最高傑作と呼んでも過言ではないかもしれない。
19世紀の半ば、
ヴィクトリア朝大英帝国において、
ありとあらゆる英語を、
その用例とともに収録することを目指し、
全12巻、完成まで70年、
40万以上の見出し語と180万以上の用例、
その規模は、例えば、
動詞seeの単数直接法現在時制で、
古英語のケント方言である、
「zyxt」のような語が収録されていることや、
「T」で始まる語群だけで、
完成までに5年を要していること、
などからも窺い知ることができよう。
本書は、
この偉大なる辞典の成立過程を紹介するととともに、
それに携わった二人の中心人物の、
奇妙で感動的な交流について描いた、
ノンフィクションである。
なにせ、
コンピューターもインターネットもなかった時代である。
すべての調査は、地道に(!)、
ひたすら文献を目視で追わざるを得なく、
そしてその作業は、
一般からの公募により支えられていた。
多くの人が、
様々な単語の意味や用例を送ってくる中、
ずば抜けて精確かつ、
有意義な内容を送りつけてくる人物がいた。
辞典の編纂部は、
長い間その人物が何者かは分からず、
ただただその仕事ぶりに、
感謝と感嘆を表すばかりだったが、
ついにその人物に会いにいってみると、
それはなんと、かつて殺人罪を犯して、
精神病院に収監されている男だった…
この男がなぜ殺人を犯し、
なぜ辞典の編纂に協力することになり、
どのように人生を終えたのか、
そして、彼と辞典の編纂責任者との間に生まれた、
まさに「言葉」を媒介とした友情、
これこそがこの本のメインテーマであり、
辞典編纂作業という、
「世紀の大仕事」の紹介と並行して、
これらがまるで映画を観るかのように、
見事に描かれている。
僕はそもそもあまり小説を読まないし、
読んでも感動することはほとんどないのだが、
この本は久々に心を動かされた。
「言葉」に人生をかけた、
偉大でかつユニークな人物たちについて、
どうか多くの人にも知ってもらいたい。