サイモン・ウィンチェスター 著、「博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話」(ハヤカワ文庫NF)

OED(オックスフォード英語大辞典)といえば、
英語圏においてはもちろん、
世界最高級の辞典であるとともに、

人類の著作史上における、
最高傑作と呼んでも過言ではないかもしれない。

19世紀の半ば、
ヴィクトリア朝大英帝国において、

ありとあらゆる英語を、
その用例とともに収録することを目指し、

全12巻、完成まで70年、
40万以上の見出し語と180万以上の用例、

その規模は、例えば、

動詞seeの単数直接法現在時制で、
古英語のケント方言である、
「zyxt」のような語が収録されていることや、

「T」で始まる語群だけで、
完成までに5年を要していること、

などからも窺い知ることができよう。

本書は、
この偉大なる辞典の成立過程を紹介するととともに、
それに携わった二人の中心人物の、
奇妙で感動的な交流について描いた、
ノンフィクションである。

なにせ、
コンピューターもインターネットもなかった時代である。

すべての調査は、地道に(!)、
ひたすら文献を目視で追わざるを得なく、

そしてその作業は、
一般からの公募により支えられていた。

多くの人が、
様々な単語の意味や用例を送ってくる中、

ずば抜けて精確かつ、
有意義な内容を送りつけてくる人物がいた。

辞典の編纂部は、
長い間その人物が何者かは分からず、

ただただその仕事ぶりに、
感謝と感嘆を表すばかりだったが、

ついにその人物に会いにいってみると、
それはなんと、かつて殺人罪を犯して、
精神病院に収監されている男だった…

この男がなぜ殺人を犯し、
なぜ辞典の編纂に協力することになり、
どのように人生を終えたのか、

そして、彼と辞典の編纂責任者との間に生まれた、
まさに「言葉」を媒介とした友情、

これこそがこの本のメインテーマであり、
辞典編纂作業という、
「世紀の大仕事」の紹介と並行して、

これらがまるで映画を観るかのように、
見事に描かれている。

僕はそもそもあまり小説を読まないし、
読んでも感動することはほとんどないのだが、
この本は久々に心を動かされた。

「言葉」に人生をかけた、
偉大でかつユニークな人物たちについて、
どうか多くの人にも知ってもらいたい。