「東路記 己巳紀行 西遊記 」(新 日本古典文学大系)

「西遊記」といっても、
猿や河童が活躍するアレではなく、

江戸中期に、
京都の医師であった橘南谿が、
西国である、中国・四国・九州地方を巡遊し、

各地で見聞きした出来事や、
その土地の伝承や旧蹟などについて、
記したものである。

バラエティに富んだ内容や、
主観的な表現が多いなど、
読んでいて飽きることなく、

旅のガイドブックとして、
当時のベストセラーだったことも頷ける。

著者は当代きっての知識人であり、
あらゆる分野について細かく記されているが、

僕が特に興味を惹かれたのは、
やはり音楽と酒について触れた部分。

三味線については「巻之六」に、
西国では薩摩がNo.1だとし、

そのほかの国は、
肥後、筑前はもとよりなり、
ほど近き播磨、備前にても、
いやしく拙きこと、耳にふるべくもあらず。
是はその国々の音声出て、
節も調子も古風なるゆへなるべし。
(中略)
水土によりて音律かわれる事、
いちじるしきもの也。

というように、
各地の音楽を聴き分けたうえで、
考察を加えているし、

酒については「巻之十」にて、
これもやはり薩摩の焼酎を絶賛したうえで、

琉球芋(薩摩芋)も酒に造る。
味、はなはだ美也。
そのほか、黍、粟の類、皆酒に造りてよし。
その焼酎に造るものなり。
予もその法を伝へ、彼地にてその道具を求め帰りて、
今に至り我が家の飲料をつくる。

と書かれているあたりを読むと、
酒好きならば、
ニヤニヤさせられるに違いない。

また、「巻之七」に、

肥後国ヲクニといふ所は、
深山にて豊後に隣れる地なりといふ。

という一文があって、

「隣にある」を意味する、
「隣る」という動詞の実例を見出せたのは、
貴重であったかもしれない。