第十三番歌

【原歌】
筑波嶺の峰より落つるみなの川
恋ぞ積もりて淵となりぬる
(陽成院)

【替へ歌】
みなの川淵に真夏の空映えて
遠く筑波の峰を見るかな

後世まで伝わっているのは、
なぜかこの一首だけという陽成院だが、

この歌はおそらく百人一首中でも、
認知度は低い方だろうし、

僕も以前は、
ゴツゴツした感じがあまり好きではなかった。

でもあらためて接してみると、
何とも深い味わいがある。

前半の叙景部分をメタファーにして、
恋が淵のように積もるという、

何となくドロドロとした恋愛事情を、
彷彿とさせる歌だ。

なので、こういう歌を料理するには、
逆にさらっとした叙景歌にするしかないかな、と。

川の淵に真夏の青空が映り、
その向こうに筑波山が聳えるという、
それだけのことなのだが、

原歌がかなり重いので、
替へ歌はあえて軽くすることで、
コントラストを強調してみた。

第十四番歌

【原歌】
陸奥のしのぶもぢずりたれゆゑに
乱れそめにしわれならなくに
(河原左大臣)

【替へ歌】
君ゆゑにしのぶもぢすり乱れそめ
あてなき旅の陸奥をゆく

この原歌も、
なかなか現代人にはしっくりこない。

「陸奥(みちのく)のしのぶもぢすり」
とは、東北産の摺り衣のことだが、

その乱れ模様のように、
私の心が乱れ始めたのは、
他でもないあなたのせいですよ、

というのが原歌の大意であるが、

替へ歌の方はもっと分かりやすく、

(ズバリ)あなたのせいで、
私の心は「しのぶもぢすり」のように乱れ始めて、
あてもなくみちのくを旅するのです、

とした。

十三・十四番歌ともに、
京都から見て東国の歌枕を含ませながら、
心の奥の情念を詠む、
という点では共通しているわけで、

百人一首には、このように、
二首一組で似た性質をもっているものが、
少なくない。

今回の両原歌は、
ともにやや難解なので、

原歌の味わいをほのかに残しつつ、
すっきりさせたところがポイントかな。