『今昔物語集』の巻第二十六には、
猿に生贄を捧げる話が二話続けて載せられている。

そのうちの一方は、各地の民話や昔話にもなっているので、
知っている人も多かろうと思う。

両話をmixし、ukiyobanare的に脚色を加えたうえで、
現代語になおしてみた。

原文とは違う世界を楽しんでいただけたら、幸いである。

****************************************

1.
老僧は、静かに語り始めた。

「あれはもう、五十年ほど前のこと、
今とちょうど同じ、桜の花の咲き満ちた頃でした。

同じく国衙にお仕えしていた、武士(もののふ)の仲間とともに、
里外れの森の近くの大きな桜の樹の下で、

舞を舞ったり歌を詠んだり、
それはもう、今から思い出しても心躍るような、
そんな春のある日のこと。

日もだいぶ西に傾き、酒もかなり回ってきた頃、
私は小用を足そうと、ひとり森の中に入っていきました。

鬱蒼とした森ではありましたが、
そんなに深く踏み入ったはずはありません。

けれど、用を足して、いざ皆のところに戻ろうと少し歩いたとき、
自分が道に迷ったことに気付いたのです。

『はて、どちらの道だったか。。』

血気盛んな若者だったとはいえ、
間もなく日が暮れなんとする森の中、

歩みを進めれば進めるほど、現実世界から遠ざかってゆくようで、
心細さといったらありませんでした。

いよいよ、巣に帰る鳥の声も絶え、
木の肌も黒ずんで見えてきたころ、
先を歩く人の姿が目に入ってきたではありませんか。

遠目ではありましたが、
小さな姿で薪のようなものを背負ってよっこら、よっこらと歩く背中は、
初老の木こりかと思われました。

私は、ただもう嬉しくて、さきほどまでの不安はどこへやら、
酔いも吹っ飛んだ駆け足で遠くの背中を追いかけ、

ようよう近づいた頃合いで、『おじさんよう、おじさんよう』と、
声を掛けてみました。

こちらの声が聞こえないはずはありません。
他に聞こえていたのは、
夕暮れを知らせる遠くの寺の鐘の音ぐらいでしたから。

何度も何度も、声を掛けてみました。

けれども、振り向くことはおろか、立ち止まる素振りすら見せないのです。

今から思えば、そのときに何かおかしいと気付くべきだったのですが、
あの状況でそんな余裕などあろうはずはありません。

こうなったらもっと近づいて、
何が何でも彼の目の前に立ち塞がってやろうと、
持ち前の負けん気も手伝って、足を速めることにしました。