記紀に書かれた音楽の起源と思われるものから、
第二次世界大戦後の音楽界までの、
我が国における音楽の歴史について語った好著。
単に教科書的に事実を並べるだけではなく、
あるときは奏でる側の、あるときは聴く側の立場となり、
先人の意見についても、同意するだけではなくときには批判を交えながら、
実に巧みな語り口で書かれた、「音楽の進化論」である。
古代や中世の音楽は、録音はもちろん譜面も残ってはいないわけだから、
どのような音楽であったのかを想像するのは容易ではないのだが、
この本を読むと、その響きが聞こえてくるような気がしてくる。
日本の音楽史における最大のターニングポイントといえば、
やはり明治維新だろう。
この本でもそこは特に力を込めて書いているようで、
美術界にはフェノロサや岡倉天心のような、古き日本絵画を理解した指導者がいたが、
音楽界にはそれがいなかった、というのは、なるほどその通りで、
かつては格式高い検校だった者が、
頭の上で三味線を弾く寄席芸人にまで身を落としたエピソードなどは、
特に印象深い。
ひとつだけ不満を述べるとすれば、
ここには「王道」の音楽史については十分に書かれているのだが、
民謡・俗謡といった、民衆から生まれ根付いた音楽については、
ほとんど語られていない点である。
「民族音楽」という視点で、日本の音楽を考え直してみると、
能楽も浄瑠璃も、上辺の洗練からは程遠い、
もっと泥臭い面が見えてくるはずであって、
そういうアプローチがもう少しあれば、なお良かったように思う。
総じて、図版や参考文献、具体的な曲名も豊富に記載されているので、
音楽を行うにおいては必携の書ではなかろうか。