越前 敏弥 著「翻訳百景」(角川新書)
著者は大学の学部・学科の先輩で、
海外ミステリーの翻訳家として、
かなり有名な方らしいのだが、

僕がその方面に詳しくないために、
今まで存じ上げなかった。

翻訳といえば中学生の頃に、
上田敏の『海潮音』とか、
堀口大學の『月下の一群』とかに触れて、

場合によっては、
翻訳には創作以上の価値があることを、
何となく理解はしていたのだけれども、

この本を読んでみて、
あらためてそれを実感した。

翻訳とはどういう仕事か、
について説明した第一章、

『ダ・ヴィンチ・コード』や『天使と悪魔』など、
ダン・ブラウン作品の翻訳についての第二章、

そして、
翻訳家になる経緯について振り返った第三章、

このあたりがとても興味深く、
さすが日々徹底して言葉に拘り続ける著者だけあって、

文章も軽快な中に深みがあり、
あっという間に読み終えてしまった。

こんなことを軽率に言っては、
翻訳家の方に失礼かもしれないが、

「伝えたいこと」をインプットとし、
「日本語の文章にすること」をアウトプットとするという意味では、

翻訳というものは実は、
通常の日本語作文と本質的には変わらないのではないか、
とも思えてきて、

成程、著者が、
「翻訳家に特別な英語力など必要ない」
と述べていた意味が分かったような気がした。

この本の冒頭で、
実務翻訳、映像翻訳、出版翻訳の違いについて語っているが、

すごく大雑把に言えば、
いずれも日本語の文章(書き言葉)をアウトプットとすることに変わりはなく、

もしかしたら「翻訳と通訳の違い」を解説した方が、
翻訳の本質に迫れたのでは、
とシロウトながら考えたりしている。

苦労話や裏話はもちろん、
実際の例文による解説も掲載されており、

翻訳、そして書き言葉によるアウトプットの楽しさを、
あらためて感じさせてくれる良書だった。