「太平記(一)」(岩波文庫版)

 

この長大な古典をいつか読み通そうと思っていたのだが、
なかなかきっかけがなかったところに、

一昨年、岩波文庫で全六冊で刊行されることになり、
これを機会に読み始めようと決意しかけたものの、

やはり全部発売されてからにしよう、、などと思いとどまり、
でも結局は待ちきれずに、遂に読み始めた。

これは作品自体のクオリティもさることながら、
後世の文芸(読本や浄瑠璃など)に影響を与えたという意味でも、
日本古典文学中、屈指の傑作。

まだ第一~八巻までしか読んでいないわけだが、
逆にいえば、これだけしか読んでいなくても、
この作品の価値は十分すぎるほど伝わってくる。

小さなエピソードをモザイクのようにつなぎ合わせて、
歴史の流れを語っていく、という構成なのだが、

そのひとつひとつのエピソードに、
人の生き様・死に様、親子・夫婦の情愛、怪異譚、主君への忠義、
仏教説話、和歌説話、古代伝説・・・など、

ありとあらゆる内容が、中国古典からの引用や、
和歌的修辞文、道行文など、種々のレトリックを駆使して、
これでもかとばかりに描かれる。

しかも歯切れの良い文章は、
熱くなりすぎることなくどこまでもドライであり、
淡々と、ときに切々と、読む側を飽きさせることがまったくない。

特に城攻めの場面や、前半のヒーローである楠正成の知将ぶりは、
まるで映画を観るかのように鮮明なイメージとなって、
脳内で再現される。

うーん、なぜこれほどまでの名作を、今まで読まなかったのか。。
浅はかな自分を恥じ入るばかりである。

一応、発売済みの(一)~(四)までは、すべて手元にある。
桜の咲く頃ぐらいまでは、これで楽しめそうだ。