擬 MODOKI: 「世」あるいは別様の可能性

 

久々に「セイゴオ節」を堪能できた、という感じだ。

「ほんと」と「つもり」、「あちら」と「こちら」、
「ちぐ」と「はぐ」、「あべ」と「こべ」、

呼び方は多々あるけれども、要するに、
一見矛盾と思えるダブルスタンダードを受け容れるべきだ、
なぜならばすべては「擬(もどき)」だからだ、

というエッセイ。

いつものように、歴史・文学・科学・芸術などなど、
幅広いジャンルの知見を縦横無尽に駆使し、
これでもか、と言わんばかりの「筆力」に圧倒される。

重箱のスミをつつけば、
それはさすがに牽強付会でしょ?というような部分もないわけではないが、

けれど(こんなことを言うのは畏れ多いが)科学やIT、そしてもちろん文学など、
自分が興味のあるジャンルとぴたりと重なり、
しかも常々自分が感じていることを代弁してもらっているような感覚になるので、

読後の充実感というかカタルシスはハンパない。

こういう視点で世の中を論じられる人は、
もはや貴重となった。

「編集」という作業にこだわる「セイゴオ」の、
考え方というか生き方のエッセンスが詰まった一冊と言っても過言ではあるまい。