百人一首替へ歌(No.17)

百人一首替へ歌(No.17)

第三十三番歌

【原歌】
ひさかたの光のどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ
(紀友則)

【替へ歌】
しづ心なき夕暮の蝉しぐれ
ひさかたの空を夏過ぎぬらむ

この歌についてはもはや説明不要、
百人一首のみならず、古典和歌のうちで、
最も有名な歌のひとつだろう。

個人的には、
末尾の助動詞「らむ」がポイントだと思っていて、

最後にこの主観的な助動詞を置くことで、
純粋な叙景歌ではなく、
いかにも「古今集的な」歌になっている。

さて、この名歌を替へ歌にするにあたり、
まず決めたのは、

原歌のもつ、
「いかにも春」な感覚を破るために、
季節を変えること。

そうすると、
「しづ心なき」が当てはまる季節としては、
蝉しぐれの夏、

そしてその夏も、
蝉の命とともに終わろうとしている、

という情景を思い付くのは、
実はそれほど困難ではなかった。

第三十四番歌

【原歌】
誰をかも知る人にせむ高砂の
松も昔の友ならなくに
(藤原興風)

【替へ歌】
友もなく知る人もなき我なれば
ただ高砂の松を眺めて

そもそも原歌がわかりづらいので、
まずはその説明から。

年老いた詠み手という設定で、

もうみんないなくなってしまった
今から一体誰を知人にすればよいのか
高砂の松だって、昔からの友達ではないのに

という、
取り残された老人の孤独、
がこの歌のテーマとなっている。

ただ、解説が必要なほどに分かりづらい(笑)。

なので替へ歌の方は、
そこをストレートに、

場合によっては、
老人という設定がなくても、

孤独を噛みしめるという感覚が、
伝わりやすいようにしてみた。

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