「生誕250周年 谷文晁」(@サントリー美術館)

「生誕250周年 谷文晁」(@サントリー美術館)
生誕250周年 谷文晁

江戸時代という、我が国の文化にとっての、まさに奇跡的な時代においては、
絵師という職業ひとつをとっても、その優劣を論ずることは、容易なことではない。

ならば開き直って、好き嫌いで語るしかあるまい。

とはいっても、これがまた、好きな絵師を挙げるだけでも、十人は下らないという状況だ。

視点を変えよう。

琳派や若冲、北斎らには、見るものを引き付けるエネルギーがある。
応挙だって広重だって、蕭白だってそうだ。

それと対極なのが、蕪村、大雅、そして谷文晁。

一見したところでは、彼らの画は、何も語りかけてこない。

しかし、何度も向き合い、その前で足を止めるに及び、
彼らの作品は、静かに語りかけてくる。

そして一度でもそのような体験をしてしまうと、
なかなかその魅力から抜け出すことは難しい。

僕にとっての谷文晁とは、そんな存在である。

水墨画の名手でありながら、西洋画の模写、絵巻物の複写、華麗な屏風、
北斎に勝るとも劣らない「手数の豊富さ」を、この展覧会では堪能できる。

その魅力を挙げればキリがないが、
例えばこの「石山寺縁起絵巻」の炎の表現はどうだろう。

石山寺縁起絵巻

まるでゴッホのような狂気の色使いと、有機物の如き炎の描写。

これひとつだけでも、彼の非凡さを証明するには十分だろう。

今回の展覧会を観て気づいたことは、
文晁にとって、松平定信というパトロンが欠かせなかったということ。

定信の政治的影響力は勿論のこと、
彼の芸術に対する理解度と才能がなければ、文晁という存在はあり得なかったのではないだろうか。

しかし一方において、定信が京伝や春町といった文筆家たちには、
非常に厳しく接したことは、興味深い。

江戸時代一、二を争うこの名政治家の中で、
芸術や文芸に対する気持ちがどのように傾いていったのか、
それはそれで、研究に値するテーマだと思う。

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