百人一首替へ歌(No.13)

百人一首替へ歌(No.13)

第二十五番歌

【原歌】
名にし負はば逢坂山のさねかづら
人に知られで来るよしもがな
(三条右大臣)

【替へ歌】
せめてただ逢ふよしもがな蔓草の
地を這う想ひに絡め取りてむ

さねかづらは蔓草(つるくさ)の一種で、
「ね」という音が「寝」を連想させるのと、

蔓草を「繰る」と「来る」を掛けるという、
いかにも定家好みの技巧を凝らした歌。

たしかに蔓草というのは、
どことなくエロチックなわけで、

そのくねくねとしたツルが伸びるように、
私の想いも地を這って、
恋しいあの人を絡め取ってしまおう、

というように、
替へ歌では原歌の技巧を排除し、
恋の情念のようなものを強調してみた。

第二十六番歌

【原歌】
小倉山峰の紅葉葉心あらば
いまひとたびのみゆき待たなむ
(貞信公)

【替へ歌】
今は亡き友にもせめて小倉山
いまひとたびの紅葉見せなむ

小倉山の紅葉よ、
お前に心があるならば、
せめてあと一度の行幸を待ってあげてほしい

という、
紅葉を擬人化している以外は、
原歌にはこれといった面白味もない。

替へ歌では、

死んでしまった友に、
せめてもう一度だけ紅葉を見せてあげたい、

と、友との死別をテーマにして、
哀切な感じを盛り込んでみた。

以上の二首、
原歌はどちらも技巧的で、

深みがないというか、
人間味がないというか、

定家の「悪趣味」(だと僕は思う)が目立っているので、
そこにやや現代的な心情をプラスすることで、

原歌の雰囲気を損なわずに、
現代人の鑑賞に耐えるものにしたかった。

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