百人一首替へ歌(No.30)

百人一首替へ歌(No.30)

第五十九番歌

【原歌】
やすらはで寝なましものをさ夜更けて
かたぶくまでの月を見しかな
(赤染衛門)

【替へ歌】
寝ては覚め起きてはまどろみさ夜更けて
月の軌跡を辿りつるかな

このあたり、女流歌人の作品が続く。

原歌の意味は、

あれこれ考えずに寝てしまえばよかったのに。
でもあの人のことを考えると、眠れずに、
気が付いたら夜も更けて、
月が沈もうとしているのを見ることになったよ。

という感じ。

月の動きで時間の経過を表しているのがポイントで、
替へ歌ではそこを、
「月の軌跡」という表現で強調してみた。

原歌の「やすらはで寝なましものを」というのは、
しっかりとしたというか、
作者の気の強さ(?)みたいなものを感じさせるが、

替へ歌の方はそこを敢えて逆にし、
寝たり覚めたり、、といった、
曖昧な感じでぼかすことにした。

第六十番歌

【原歌】
大江山いく野の道の遠ければ
まだふみも見ず天の橋立
(小式部内侍)

【替へ歌】
遠くともふみさへ見れば大江山
いく野に浮かぶ母の面影

原歌の作者、小式部内侍は、
56番歌の作者、和泉式部の娘。

言い訳になるが、
こういう技巧的に凝った歌は、
替へ歌にするのが非常に難しく、

まぁ定家好みではあるのだろうけれど、
僕好みではないので、
このコーナーの進行が遅れる原因にもなってるw。

この原歌はたしか、
小式部内侍が歌を上手く詠んだか何かしたときに、

「それはあなたのお母さんの和泉式部から、
ヒントをもらったからではないのですか?」

みたいな嫌味を言われ、

いや、そうではないんだけど、、
という反論の意味を込めた歌だったと思う。

「いく野」は「生野」と「行く」の、
「ふみ」は「文」と「踏み」の、
掛詞になっており、

大江山や生野に行く道は遠いので、
天橋立にはまだ足を運んでないように、
母親からの手紙ももらってませんよ、

という意味なのかな、きっと。

「大江山」「生野」「天橋立」という、
固有名詞が3つも詠み込まれていて、

これらをそのまま残すと、
替へ歌にしても変わり映えがしないので、
やむを得ず、「天の橋立」は削除。

ただ、二つの掛詞は残さなければ、
原歌の面白みを損なってしまうので、
それらは残す一方、

原歌の意味とは逆に、
実は、母親の助けがあったからですよ、
というのをほのめかす内容に改変した。
(小式部内侍さん、ごねんなさいね)

それにしても、これを作るだけで数週間ですよ(汗)…。

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