百人一首替へ歌(No.36)

百人一首替へ歌(No.36)

第七十一番歌

【原歌】
夕されば門田の稲葉おとづれて
蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く
(大納言経信)

【替へ歌】
夕されば庭の草葉のささめきて
訪ふ人もなし蘆のまろ屋に

こんな拙い替へ歌であっても、
実は何度も推敲を重ねていて、

この歌は今までで一番多く、
11回のボツを経てようやく形となった。
(それでも褒められたものではないかもしれないが)

というのも、
原歌にはあまりに隙きがなさすぎる。

秋風が稲葉を揺らす、
その微かな音に神経を集中させ、
聴覚から季節を感じ取るという趣向は、

視覚に頼りがちな和歌の世界において、
やはり新鮮味があるし、

「~ば、~ぞ~(係り結び)」
というリズムの良さもあり、

正直、これは難易度が高かった。

一応替へ歌では、
「訪ふ人もなし」というフレーズを添えて、
秋の寂しさを強調したのだけれども、

逆に、
原歌の徹底した客観の魅力を、
削いでしまっていることは否めない。

第七十二番歌

【原歌】
音に聞く高師の浜のあだ波は
かけじや袖のぬれもこそすれ
(祐子内親王家紀伊)

【替へ歌】
濡るるかな高師の浜に打ち寄せる
あだ波にさへ恋焦がれつつ

原歌は、
男性からの誘いを女性がかわす際の、
典型的なパターン。

噂に聞いている、
チャラ男のあなたの浮気心(あだ心)は、
まるで高師の浜の「あだ波」のよう。

だからそんな波にはかかるまい、
袖が濡れると困るからね。

という原歌なのだけれど、

替へ歌は思い切って、
「濡れちゃったわ」でスタート。

「あだ波」と分かっていても、
恋しいには違いないのだから、、、

という、
恋の葛藤を表現したつもりなのだけど、
うまく伝わるだろうか。

「濡れる」というのは、
普通は涙に濡れるということなのだけれど、
色々と想像を掻き立てる。

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