「感染地図」(スティーヴン・ジョンソン)

「感染地図」(スティーヴン・ジョンソン)

「感染地図」(スティーヴン・ジョンソン)

 

泥と糞尿の臭いに包まれた、19世紀ヴィクトリア朝のロンドン。

ソーホー地区で発生したコレラに立ち向かう、
無口な医師と善良なる牧師。

この本は、疫病という見えない敵に立ち向かう科学の力と、
その背景にある都市や行政の在り方を、
物語風に語った、科学エッセイである。

小説以外の文庫本を読んで、
これほど興奮したのはどれぐらいぶりだろう。

本書のあとがきに掲載されているシアトル・タイムズの書評が、
それを見事に表現してくれている。

「医学の謎解き、いまの言葉でいうなら疫学の探偵物語だが、
それだけではない、この本は微生物の世界の経済学と社会生態学を語る話であり、
ディケンズ時代のロンドンを語る話であり、
公衆衛生の概念の誕生と、その初政策を語る話でもある」

19世紀の半ば、大都会のロンドンで次から次へと人が死んでゆく。

目に見えない真犯人の大本命は「汚染された空気」であったが、
のちに「疫学の父」と呼ばれることとなるジョン・スノーと、
地域密着の副牧師であったヘンリー・ホワイトヘッドが、

コレラが蔓延する街の一軒一軒をたずねて回り、
科学的推測と、見事なプレゼン手法により、

ついに「井戸水が菌に汚染されていること」がコレラの原因であることを、
世間に知らしめることに成功する。

データを集め、緻密に分析し、
それを目に見える形でプレゼン資料化するという手法は、

まさに現代ビジネスにも当てはまるものであり、
医学的な偉業であるのはもちろん、
(大袈裟かもしれないが)文化としてのパラダイムシフトの事例としても十分通用するものだ。

そしてこの本の優れているのは、
単に19世紀の回顧録にとどまるのではなく、

「エピローグ」として、都市とはひいては文明とはいかにあるべきか、
という問題にまで斬りこんでいる点である。

それにしても、ダーウィンが『種の起源』で進化論を唱えたのと前後して、
その進化のセオリーを超越した病原菌が猛威を振るったというのは、
歴史の皮肉としていいようがない。

あらゆる角度から、文明、そして生命の意義を追求した名著だと思う。

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