2015年5月

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diary 2015/05

・2015年5月31日(日) 僕はグラフィックのことしか分からないけれど、 よいデザインというのは、フォントや色の使い方、レイアウト等々、 「なぜそうしたのか」というデザイン側の意図が明確に分かる。 これはアートについても同様かもしれない。 ・2015年5月30日(土) 「モンド金賞受賞」とか「グッドデザイン賞受賞」とか言われると、 途端に胡散臭く思われてくるけれど、 「中国国家金賞受賞」と言われ […]

鳴かぬなら・・・

鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス(信長) 鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス(秀吉) 鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス(家康) 三武将の性格を表したものとして、日本人の人口に膾炙しているこれらの句であるが、 いま「耳嚢」(江戸時代の随筆集)を読んでいて、 若干違う形で載せられているのが気になった。 鳴かずんば 殺してしまえ ホトトギス(信長) 鳴かずとも 鳴かせて聞こう ホトトギス […]

「枕詞論」のためのメモ

いつの日にか「枕詞論」を書きたいと、つねづね思っているのだけれども、 書くのはもちろんのこと、参考文献を読むどころか、 手に入れるための時間さえないありさまなので、 ここにごく要点だけを書き留めたいと思う。 和歌といえば、今では専ら文学の領域になってしまっているが、 もともとは歌謡だったのであり、その音楽的側面を無視できないはずなのである。 思うに、音楽というものが今日のように、「独奏」を許すよう […]

大七純米生もと

大七純米生もと

コスパの良い純米酒を探していたら、良さげなのがあったので、あまり迷わず購入した。 第一印象はかなり甘くて、これは失敗だったかな、、と思ったけれども、 後味が結構鋭い感じで、 最初の甘さとの落差というかギャップが楽しめることに気付いた。 慣れてくるうちに、甘さも気にならなくなってきたし、 2,000円前後でこの深みが味わえるなら、全然悪くない。 自分はひたすら常温だけれども、 これからの季節は冷やし […]

「日本中をおいしいと言わせたい」

  我が家の近くにダイエーがあって、 その店先に置かれたディスプレイが、一日中CMを流していているのだけれど、 先週末、仕事に向かう際に、 そのCMの中のワンフレーズが耳に入り、一日中気になって仕方がなかった。 そのフレーズとは、 「日本中をおいしいと言わせたい」 というベタなコピーなのだけれど、 まず、このナレーターの滑舌が悪く、最初、 「日本人をおいしいと言わせたい」 に聞こえた。 […]

「音楽と言語」(T・G・ゲオルギアーデス)

ヒトにとっての初めての音楽体験が、 「歌うこと」であっただろうことはほぼ間違いなく、 であるならば、音楽と言語とは表裏一体のはずで、 この本は、そんな音楽と言語との関係を綿密に、 主に中世以降の宗教音楽における言葉の扱われ方という点から、 検討したものである。 ともすれば抽象論に陥りがちなテーマではあるが、 譜例を豊富に挙げて、 あたかも音楽が聞こえてくるかのように論じているのが、 この本が名著と […]

「肥後の国の書生、羅刹の難を免れたる語」

これは『今昔物語集』の巻第十二に収められている、 「肥後の国の書生、羅刹の難を免れたる語 第二十八」。 個人的に好きな話であるので、現代語訳して紹介することにした。 なお、細部においては、全体として別の話にならない程度の、 改変を施してある。 *************************************** これはもうすでに、昔の話。 肥後の国に一人の書記官がいた。 かれこれ二十年以 […]

モンテヴェルディ「マニフィカト」

我々のミトコンドリアDNAの歴史を辿ると、 かつてアフリカにいた一人の女性(ミトコンドリア・イブ)に行き着くように、 現在のあらゆる西洋音楽の歴史を遡れば、 必ずJ.S.バッハに行き当たる。 バッハがいなければ、現在の西洋音楽はだいぶ変わっていただろう。 それぐらいバッハは偉大であり、まさに「音楽の父」とも呼べる存在だった。 小学校や中学校で習うバッハのイメージは、 ベートーヴェンやモーツァルトよ […]

「豊饒の海」(三島 由紀夫)

  明治から昭和前半にかけての、いわゆる純文学作品は、 十代の頃に随分読んだ。 この「豊饒の海」もそうで、 逆にいえばそれ以来、三島作品なんて全くの無縁だったのだが、 何となくディープな作品が読みたくなったのと、 輪廻転生について少し考えるところがあったので、 外出のたびに古本屋を探し回り、 何とか1冊100円の文庫版で全四巻を揃えて、読破したわけである。 この作品のテーマは、徹底して、 […]

「適者生存」について思うこと

「適者生存」というのは、 いうまでもなくダーウィンの「進化論」の核をなす考え方であるが、 それについての、いくつかの思うことを。 ・「適者が生存する」のではなく、「生存したのが適者だった」ということ。 進化論というのは、その名称とは裏腹に、 未来ではなく過去の遺物(化石)をベースに成り立っているものであり、 要するに、結果論なのである。 だから、現時点において、これこれの動物は生き残るだろう、とい […]