2016年10月

「太平記(六)」(岩波文庫版)

  「南総里見八犬伝」「源氏物語」、 そしてこの「太平記」は、長さ、スケールにおいて、 我が国の古典文学の中で群を遙かに抜いている。 「源氏」は学生時代に読破した。 「太平記」はようやくこれで読み終わったから、 残るは「八犬伝」。 これは老後の楽しみにとっておこうと思う。 岩波文庫版での完結となるこの第六冊は、 第三十七巻~第四十巻を収める。 一応は史実に基づくという立場をとっているため […]

diary 2016/10

・2016年10月31日(月) 月曜日から体調悪い社会人は、自己管理がなってない!とか思ったけど、 まさか自分が二週続けてそうなるとは。 ・2016年10月30日(日) 当日は明日のはずなのだけれど、 近所のスーパーでは、ハロウィンコーナーをクリスマスコーナーに差し替える作業が、 せっせと行われていた。 ・2016年10月29日(土) 汚い話で申し訳ないが、 嘔吐をしたときに、食べる前の状態で出て […]

「しぐさの民俗学」(常光 徹)

  もう少しライトな本を予想していたら、 これがなかなか、古今の文献やフィールドワークを駆使し、 「しぐさ」を超えた俗信や迷信にも斬り込む、 民俗学の立場からの意欲的な論考である。 特に第七章「クシャミと呪文」では、 「くしゃみ」を表す語がどのように変遷してきたかは、 国語・国文学的にも興味がある話題だし、 第八章「『一つ』と『二つ』の民俗」は、 ものの数え方という、おそらく言語発達の初 […]

「私の音と言葉」(野口 剛夫)

  本書はおもに、「クラシック音楽のあるべき姿」と、 「音楽市場の現状」との差について語ったエッセイを、一冊にまとめたもの。 なんというか、いまだにこういう狭い見方で 音楽を語る人がいるというのは、驚きだった。 少なくともこの本の中で、著者が語る音楽とは、 クラシック音楽に限ったものであり、 しかもほぼすべてがオーケストラ作品のみ。 それでもって、楽器を弾くだけのやつは音楽を分かっていな […]

「日本の一文 30選」(中村 明)

  文豪の手になる作品の中から、これぞという一文ずつを抜き出し、 どこがすぐれているのか、なぜ感動するのかを、 分析するという本。 分析そのものは、ワインの味の講釈を聞くようなもので、 まぁそんな気もするし、そんなでもない気もする。 それよりも、著者が作家たちの自宅でインタビューをしたときの回想の方が、 意外な発見もあって興味深い。 特に井伏鱒二あたりは、小説音痴な僕は顔すら思い浮かばな […]

「パリの空の下 演歌は流れる」(吉田 進)

  フランス在住の日本人作曲家による、音楽とは何か、を探るエッセイ集。 最初は、「フランスかぶれ」で鼻につくなー、と思っていたのだけれど、 第六章の「国歌とは何か」で評価はガラリと変わった。 「君が代」が悪いとか「ラ・マルセイエーズ」が良いとか、 そういう些細なことではなく、 国歌と国民とのあり方について深く思索し、 最終的には、国という存在についてまで言及していく。 一時期巷で騒がれて […]

「宇宙からみた生命史」(小林 憲正)

  太陽系における、生命が存在可能な範囲を、ハビタブルゾーンというが、 同じように、銀河系における、生命が存在し得る太陽系が位置する範囲を、 「銀河ハビタブルゾーン」(GHZ)と呼ぶということは、 この本で初めて知った。 生命の歴史と、生命とは何かについての考察を、 地球という閉じた系以外でも行うというのは、 最近では特に増えてきた類の本ではあるけれども 新書の限られたページ数で、 ここ […]

「第三阿房列車」(内田 百間)

百間先生との阿房列車の旅も、いよいよこれで最後となった。 この「第三」では、作家としての百間先生の凄味というか、 とにかくウマい、と思わせるフレーズがぎっしりである。 「いい加減の時にいい加減に寝て、 空中から垂れた褌(ふんどし)に頸を巻かれたような気がして、目をさました」(長崎阿房列車) 「後に旅館を開いてから、私なぞが遠い所をフリクエントする」(同上) 「小綬鶏かしら、と言ったが、小綬鶏はもっ […]