静物画、肖像画、風景画。
宗教画を除けば、絵画は静的なテーマであることが多い。
止まっているものを精緻に描く、
あるいは動いているものの時間を止めて描く、
例えばドガと同時代の印象派の手法というのが、
まさにそれだった。
けれどもドガの画は、
動いているものをあたかも動いているかのように、
もっと言えば、時間を止めずに対象を描いた、
数少ない画家であるかもしれない。
だから、ドガの画のテーマに、
競馬やバレエのような「動的な」ものが多いのは、
決して偶然ではなかろう。
人物を描くにしても、ドガの関心は単なる肖像画ではなく、
人物が見せる一瞬の表情や何気ない動作などに向けられることになる。
その意味ではロートレックと近いものがあるのかもしれないが、
その描き方は全く異なる。
ロートレックに平面的・装飾的な要素が強いのに対し、
ドガは陰影と奥行き、そして印象派からの影響と思われる色遣いでもって、
観る者を魅了する。
今回の展覧会の目玉である「エトワール」などは、
その最たるものだろう。
それにしても、ドガの作品は、
どことなく悲哀を含んでいる。
それは暗い色調が多いせいなのだろうけれども、
描かれた人物の表情や仕草は、
例えばルノワールの画中の人物のような、
人生の享楽に溢れているとは、決して言い難い。
上記左「バレエの授業」は、
画面右下の何もな床のスペースが、
手前に広がる見えない空間の広さを感じさせるのに効果的だと思う。
上記右「湯浴みをする女」は、
画面の右3分の1を切り取っている、
静物の置かれた台の存在が何とも心憎い。
これが隣の裸婦の存在を一層際立たせる役を買っているのだろう。
ドガというと、画題や雰囲気にばかり注目されがちだが、
構図やレイアウトにおいても、
非凡な腕前をもっていたことが、これで分かる。