2017年3月

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diary 2017/03

2017年3月31日(金) 夏から取り組んでいたプロジェクトが、ひとまず終了。 Awayだったし、体調壊したりで、今回はわりとしんどかった。 金曜日だから土日があるからよいけれど、 これでまた次の日から別の仕事、とかだとさすがにキツイな。 2017年3月30日(木) 手元が暗いので、机で何が作業をするときは、 PCのモニターに真っ白い画面を表示させて、電灯代わりとしている。 2017年3月29日( […]

「眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎」(ダニエル・T・マックス)

  18世紀以来、あるヴェネツィアの一族を苦しめてきた、 「致死性家族性不眠症」(FFI)をめぐる、医学ミステリー。 その一族では、中年になると、 全く眠れなくなり、強烈な疲労感の中で死亡するという、 未だに治療不可能な奇病が、高確率で発生する。 こう書くと、まるでホラー小説のようだが、 これはメディカル・ドキュメンタリーであり、 すべてが実話である。 FFIと平行して、 18世紀のヨー […]

「現代オカルトの根源」(大田 俊寛)

  ダーウィンの進化論が、生物の構造について述べたのに対し、 ヒトの内面の進化を語ったのが「霊性進化論」。 ブラヴァツキー夫人による神智学から、 エドガー・ケイシー、UFOでおなじみのアダムスキーやナチスの思想を経て、 現代日本のオウム真理教や幸福の科学といった信仰宗教まで、 霊性進化論がどのようにして受け継がれてきたかを、 宗教学者が解説した本。 特に最初の神智学についての説明と、 最 […]

「ティツィアーノとヴェネツィア派展」(@東京都美術館)

上野公園では、早くも花見を案内する横断幕が掲げられていたが、 花の方はまだまだ咲く様子もなく。 けれど、知らぬ間に咲いて、知らぬ間に散ってゆくのが桜だから、 来週あたりには、公園の色彩も一変しているのだと思う。 とにかく人の心だけは、一足先に春になったような公園を横切り、 お馴染みの東京都美術館へ。 以前にこのブログで紹介したものもいくつかあったが、 今回あらためて注目したのは、この3作品。 ・「 […]

「日本の言の葉」(林 巨樹)

家族間での呼び名といった身近な問題から、 古語の助動詞「む」の読み方や音便といった、やや専門的な事柄まで、 国語に関する諸問題を集めたエッセイ。 その他、外来語、送り仮名、辞書、語源、慣用句、仮名遣いなど、 日常使ってはいるものの、ほとんど気に留めないような内容に、 鋭い考察を加えていて、かなり読み応えがある。 この本の中で特に力点を置いて語られているのは、 日本語には、「やまとことば」「漢語」「 […]

映画「白ゆき姫殺人事件」

  普段洋画のサスペンスを観ている目で、 同ジャンルの邦画を観るとどう感じるだろう、というのと、 だいぶ前に劇場で予告編を目にして、何か面白そうと思ったのとで、 DVD鑑賞してみた。 結論から言えば、サスペンスとしては失格。 原作は読んでいないので、湊かなえ(?)という作家の腕がアレなのか、 脚本がクソなのかは分からないけれど、 いや、これは文学にも映画にも共通する、 「日本人はロジカル […]

「毒々生物の奇妙な進化」(クリスティー・ウィルコックス)

  そもそも、毒を持つ生物が現れたということ自体が、驚きだ。 毒を攻撃や防御に用いるようになったことは、 寄生という戦略と同じぐらい、 進化というストーリーの中での魅力ある要素である。 我々ヒトでいえば、ヒモやニートというのは寄生の一種だろうが、 さすがに毒は持っていない。 「毒舌」というのがあるにはあるが、 この本で紹介される「本物の」毒に比べれば、 それも陳腐な比喩としか思えなくなる […]

ヴィラ=ロボス「ブラジル風バッハ」

先週はほぼずっと寝込んでいたのだけれど、 眠りにも限界がある。 布団の中でじっとして眠れず、 かといって本を読む気力もない。 そんなときは酒を飲むか、音楽を聴くのがベストなのだけれど、 さて何を聴こう。 朦朧とした頭で、本能的に選択したのが、 ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ」。 20代の頃は、ブラジルを代表するこの作曲家の音楽は、 俗っぽいというか、キワモノっぽいというか、 どうも親しめなかっ […]

「ローマ字日記」(石川 啄木)

  多くの人にとって、啄木は、 「清貧で夭逝した天才歌人」 というイメージが強いのだろうが、 それは間違えている、というのはこの日記を読めば分かる。 かくいう自分も、 少年時代こそ、啄木の作風に憧れた時期もあったが、 大人になってからは、例えば有名な、 働けど働けど なお我が暮らし 楽にならざり ぢっと手を見る の短歌などは、 「アホか、働き方が悪いんじゃ」ぐらいにしか感じなくなり、 そ […]