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「日本の伝統」(岡本太郎)

人間には「言葉」によるタイプと「腕」によるタイプの2通りがある、と言ったのはガウディだったか。 確かにどの職業においても、腕がないのにやたらと評論家ぶる人もいれば、一方、言葉足らずなのに腕をふるわせたら無難に仕事をこなす、という2タイプがいる。 芸術家というのは、当然ながら後者のタイプなわけだが、岡本太郎という人は、珍しく言葉をもった芸術家である。 この本は、縄文土器に芸術的視点でのアプローチを試 […]

D’Angeloは帰ってきてくれるだろうか

20代の頃僕がハマっていたのは、ハウス、HipHop、R&Bといったいわゆるブラックミュージックというやつで、 ただ、今あらためて聞きたいアルバムがあるかと言われると、正直ほとんどない。 その中でも、D’Angeloの「Voodoo」だけは別格で、 もし明日地球が滅びると言われれば(陳腐なたとえだけれども)、最後にもう1回聞いておきたいと思うに違いない、 これは奇跡の一枚である […]

オイストラフのチャイコ

オイストラフのバイオリンの音は、間違いなく天下一品だ。 チャイコフスキーのコンチェルトは、間違いなく駄作だ。 だから、ハイフェッツとかが弾くこのコンチェルトを聞いてると、 最高につまらないのだけれども、 オイストラフの演奏は、その独特のテンポの取り方のせいもあって、 あ~ら不思議、名曲に聞こえてくる。 特に、第一楽章の第二主題なんかは、「楽譜を読み間違えてるんじゃないの??」と思うぐらい、 尋常じ […]

映画「コララインとボタンの魔女」

実は先週観に行くつもりだったのだけれども、諸事情で行くことができず、 再チャレンジ。 最近のCGゴリゴリの映画よりも、こういうアニメの方が見ていて安心するのは、自分ももう若くないのか・・・ 3Dアニメといえば、昨年末の『カールじいさんの空飛ぶ家』とどうしても比べてしまうが、 ピクサーファンの僕といえども、今回の『コラライン』の方が、3Dアニメとしてもストーリーとしても、 上であると認めざるを得ない […]

人のような花か、花のような人か

人と絵の話をすることなんて滅多にないが、偶々そんな話をする機会があって、 その人がシャガールが好きだというから、「僕はシャガールは怖くてみれない」と言った。 前までは僕もシャガールが好きだったのだけれど、その人と話をするほんの数日前に、 シャガールの絵は怖いな、と思ったばかりだった。不思議なタイミングである。 怖い絵といえば、シーレの人物画も負けてはいない。 シャガールがこってりとしたコニャックだ […]

「煤煙」(森田草平)

過去の小説家の知名度とは、文学史に残っているかどうかと同義である。 優れた作家・作品であっても、文学史に残らなければ評価はされない。 その逆もまた、然りである。 では、優れた作家・作品であっても文学史に残らないというのは、どのような場合だろうか。 森田草平の「煤煙」はまさにその典型的な例であって、 不倫・心中未遂、といった、明治の世の中にあっては破廉恥極まりない題材(しかも実話)をテーマにしている […]

「一流デザイナーになるまで」

誰もが知ってるクリスチャン・ディオールの自叙伝。 原題は『CHRISTIAN DIOR ET MOI』だから、直訳すれば「クリスチャン・ディオールと私」で、こっちの方が内容にもマッチしているのだけれども、 なぜわざわざ別のタイトルを付けたのかは、ちょっと分からない。 この本を読んで、一流になるためにはどうすればいいのかを感じ取ろう、などと思うと失敗する。 ここに書かれてるのは、「エピソード」の繰り […]

「世界でもっとも美しい10の科学実験」(ロバート・P・クリース)

実験の目的とはただ1つである。すなわち、仮説が正しいか否かを実証すること。 ただ多くの場合が、「仮説を立てた人=実験をする人」となるから、その意味では、実験の目的とは 「仮説が”正しい”ことを証明すること」と言い換えられる。 科学者にとって、新しい仮説を打ち立てて、その正しさを実験によって証明することは、運命を左右する出来事といってもいい。 だから当然、その実験は、まさに執念としか言いようのないぐ […]

大山 特別純米酒

Glenfiddich CAORAN RESERVE

Glenfiddichは旨いんだけれども、悪く言えば、個性が弱い。 ということで、今回は「カオラン・リザーブ」を買ってみることにした。 シングルモルトというと、割と高いものも多いのだけれども、Glenfiddichはコストパフォーマンスが良く、 この「カオラン・リザーブ」も、通常のものとほとんど変わらない値段。 さて味は、というと、通常版にほのかな渋みとやや鋭い辛みを加え、かといってマイルドさは失 […]

「空海の風景」(司馬遼太郎)

大学に入ったぐらいから、小説というものを、ほとんど読まなくなった。 その理由については、ここでは関係ないので、深く触れない。 読むものとすれば、我が国では、夢野久作、稲垣足穂、澁澤龍彦、海外では、アポリネールやポオなど、 もっぱら幻想小説だけが、僕の小説的好奇心を満たしてくれていた。 だから、歴史小説なんて読むはずがない。 ましてや、司馬遼太郎なんて、本を手に取ったことすら、なかった。 別に司馬遼 […]

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