古典

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「教科書が載せられない名文―江戸時代の再発見」(棚橋 正博)

言わずもがな、江戸時代は我が国のルネサンスであり、 音楽、絵画、文芸などの各ジャンルで、 人間臭い、ある意味自然主義ともいうべき、 庶民の価値観に根付いた文化が花開いた。 そうなると、下ネタを含んだ作品が増えるのは、 当然といえば当然であって、 この本は、そうした江戸文芸における下ネタを集めた、 アンソロジーである。 下ネタを美文のオブラートに包んだものもあれば、 直接的で下品なものもある、 その […]

「風土記の世界」(三浦 佑之)

大学時代は古典文学を専攻していた僕でも、 「古事記」「日本書紀」「万葉集」と比べ、 「風土記」に触れる機会は、それほど多くない。 それもそのはずで、 当時60ほどあった国のうち、 「風土記」が残っているのは5か国、 それに加えてわずかな逸文があるにすぎない。 日本全国の「風土記」が残っていたとしたら、 民俗学的にも、国語・文学的にも、もちろん歴史学的にも、 それはそれは貴重な史料になるはずなのだが […]

清少納言の感性

もうかれこれ二ヵ月ほど、 寝る前の空いた時間に、 『枕草子』をちびちびと読み進めているのだが、 日記風に宮中のエピソードを紹介しているタイプの段では特に、 わざと悪文、というか分かりづらい文章を書いて、 読者を混乱させようとしているのではないかと思えるぐらい、 とにかく難解すぎる。 当然、現代風に句読点や「」が付せられているからまだしも、 もしそれらがなければ、3日ももたずに挫折していただろうと思 […]

「日本人の給与明細 古典で読み解く物価事情」(山口 博)

奈良時代から江戸時代にかけて、 庶民や貴族、武士たちが、 現代の貨幣価値に換算すると、 果たしていくら稼いでいたのか、 について、さまざまな文献や史料を元に検証した本。 収入を得るということは、 (当然ながら)何かしらの経済的活動がそこにはあったわけで、 各時代に、どのような仕事をしたり、 どのような買い物をしたりといった、 生活の詳細まで知ることができて、かなり興味深い本である。 中でも意外だっ […]

「典拠検索名歌辞典」(中村 薫 編)

本当は久保田淳の新編の方を買いたかったのだけれど、 古本でも3万円ぐらいするので、 オリジナルの方を買うことにした。 明治以前の和歌の中から、約8,000首の名歌を選び、 それらがどの作品でどのような形で引用されているか、 を記したもので、 古典を読むものにとっては、 まことに興味深い資料となる。 和歌という芸術は、 決してその一首だけを鑑賞するのではなく、 勅撰和歌集であれば、他の収録歌を含めた […]

「佐野のわたり」(宗碩)

佐野のわたり、といえば有名な歌枕で、『万葉集』の 苦しくも 降り来る雨か 三輪の崎 佐野の渡りに 家もあらなくに をベースとして、例えば定家による、 駒止めて 袖打ち払う 陰もなし 佐野のわたりの 雪の夕暮れ は『新古今和歌集』中の名歌としてよく知られている。 宗碩のこの紀行文も明らかにそれを意識しており、 三輪が崎へ行くほど、雨俄かに降りきぬ。 かの万葉の古言ただ今のように思ひ出られて、 「雨宿 […]

「宗祇終焉記」(宗長)

越後府中(今の直江津辺り)に滞在中の、 師・宗祇を訪ねた宗長が、 病身の師とともに草津、伊香保、江戸、鎌倉を経て、 箱根にて宗祇の死に立ち会い、 哀しみの中で駿河へ戻る、という紀行文。 印象的な記述が二つあって、一つめは、 「富士をいま一たび見侍らん」 という病気の宗祇の願いを聞いて、 越後から信濃路を南下し、 宗長は草津、宗祇は伊香保という、 「名所の湯」にそれぞれが留まるという場面。 そして二 […]

形容詞「念なし」

いきなり季節外れな話題になるが、 「残念無念、恨めしや~」といえば、 幽霊が登場する際の決まり台詞である。 いま問題にしたいのは、この「無念」という言葉で、 現在では上記の幽霊の台詞同様、 「無念」は専ら「残念」とほぼ同じ意味で使われているが、 よく考えてみると、 「残念」は「念」が「残」っているの対し、 「無念」は「念」が「無」いわけなのだから、 逆の意味であるのが正しいような気もする。 「無念 […]

「北国紀行」(尭恵)

1485年、美濃国の郡上を出発した尭恵上人が、 北陸に出て柏崎から草津・伊香保へ南下、 武蔵野を巡ったのちに鎌倉を訪れ、 帰路ふたたび越後に入ったところで終わる紀行文である。 文章が全体的に平易で読み易く、 そして何よりも、隅田川、鳥越、湯島、中野、鎌倉、江の島といった、 東京生まれの自分が何度も訪れた土地(中野は僕の地元だけれど)についての記述が、 とにかく興味深い。 最近仕事で、武蔵野線経由で […]

「筑紫道記」(宗祇)

言わずと知れた、室町時代の連歌師・宗祇。 彼が山口を出発し、 博多・大宰府などの福岡県北部を周遊、 36日間かけてまた山口へと戻る旅路を綴った紀行文。 宗祇は発句(五・七・五)だけでなく、 当然ながら和歌(五・七・五・七・七)の名人でもあるわけだが、 前者は人に頼まれたときなど、つまり「ハレ」、 後者はその時々の心情を吐露する、つまり「ケ」、 といった具合に使い分けているのが、 当時の発句と和歌の […]

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