古典

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「佐野のわたり」(宗碩)

佐野のわたり、といえば有名な歌枕で、『万葉集』の 苦しくも 降り来る雨か 三輪の崎 佐野の渡りに 家もあらなくに をベースとして、例えば定家による、 駒止めて 袖打ち払う 陰もなし 佐野のわたりの 雪の夕暮れ は『新古今和歌集』中の名歌としてよく知られている。 宗碩のこの紀行文も明らかにそれを意識しており、 三輪が崎へ行くほど、雨俄かに降りきぬ。 かの万葉の古言ただ今のように思ひ出られて、 「雨宿 […]

「宗祇終焉記」(宗長)

越後府中(今の直江津辺り)に滞在中の、 師・宗祇を訪ねた宗長が、 病身の師とともに草津、伊香保、江戸、鎌倉を経て、 箱根にて宗祇の死に立ち会い、 哀しみの中で駿河へ戻る、という紀行文。 印象的な記述が二つあって、一つめは、 「富士をいま一たび見侍らん」 という病気の宗祇の願いを聞いて、 越後から信濃路を南下し、 宗長は草津、宗祇は伊香保という、 「名所の湯」にそれぞれが留まるという場面。 そして二 […]

形容詞「念なし」

いきなり季節外れな話題になるが、 「残念無念、恨めしや~」といえば、 幽霊が登場する際の決まり台詞である。 いま問題にしたいのは、この「無念」という言葉で、 現在では上記の幽霊の台詞同様、 「無念」は専ら「残念」とほぼ同じ意味で使われているが、 よく考えてみると、 「残念」は「念」が「残」っているの対し、 「無念」は「念」が「無」いわけなのだから、 逆の意味であるのが正しいような気もする。 「無念 […]

「北国紀行」(尭恵)

1485年、美濃国の郡上を出発した尭恵上人が、 北陸に出て柏崎から草津・伊香保へ南下、 武蔵野を巡ったのちに鎌倉を訪れ、 帰路ふたたび越後に入ったところで終わる紀行文である。 文章が全体的に平易で読み易く、 そして何よりも、隅田川、鳥越、湯島、中野、鎌倉、江の島といった、 東京生まれの自分が何度も訪れた土地(中野は僕の地元だけれど)についての記述が、 とにかく興味深い。 最近仕事で、武蔵野線経由で […]

「筑紫道記」(宗祇)

言わずと知れた、室町時代の連歌師・宗祇。 彼が山口を出発し、 博多・大宰府などの福岡県北部を周遊、 36日間かけてまた山口へと戻る旅路を綴った紀行文。 宗祇は発句(五・七・五)だけでなく、 当然ながら和歌(五・七・五・七・七)の名人でもあるわけだが、 前者は人に頼まれたときなど、つまり「ハレ」、 後者はその時々の心情を吐露する、つまり「ケ」、 といった具合に使い分けているのが、 当時の発句と和歌の […]

「藤河の記」(一条 兼良)

関白太政大臣まで昇り詰めた政治家にして、 和漢に通じた碩学でもあった一条兼良による紀行文。 応仁の乱による混乱から奈良に避難していた作者が、 家族に会うために美濃国へ往復した際の出来事や、 歌枕に寄せた和歌などが記されている。 古典作品には、中身が大したことなくても、 何故か冒頭だけは気合の入ったものが多いわけで、 これもその類かもしれない。 やや長くなるが、作品冒頭を引用してみよう。 胡蝶の夢の […]

「小島のくちずさみ」(二条 良基)

言わずと知れた連歌・和歌界の大御所、 二条良基による作品。 南朝方に京都を占領され、 北朝の後光厳天皇は美濃の小島(おじま)に逃れるが、 それに従った作者による、都から小島までの紀行文パートと、 足利義詮が都を奪還して還幸するまでの、 田舎での不便な生活を描いた日記文パートからなる。 作中の二か月余り、 作者は「瘧(おこり)」を患っており、 そこに「ししこらかす」という珍しい動詞が使われていること […]

動詞「ししこらかす」

『源氏物語』の「若紫」巻の冒頭、 病気を患う光源氏に対して、ある人が下記のように勧める。 「北山になむ、なにがし寺といふところに、かしこき行ひ人侍る。 去年の夏も、世におこりて、人々、まじなひわづらひしを、 やがて、とどむるたぐひ、あまた侍りき。 ししこらかしつる時は、うたて侍るを、とくこそ試みさせ給はめ。」 ざっと意訳すると、こんな感じになる。 「北山の何とか寺に偉い修行者がいます。 去年の夏も […]

「都のつと」(宗久)

南北朝時代の歌人、宗久による紀行文。 一夜の旅の宿にて、老の眠を醒まして、 壁に向かへる残りの灯をかかげそへて、 道すがらの名高き所々の心に残りしを、 忘れぬさきにとて、思ひ出づるままに、 前後の次第を言はずこれを記しつけて、 都のつとにとて持ち上がりぬ。 という末尾の一文が、 本作の内容、そしてタイトルの由来を端的に表している。 現代ではあまりメジャーな作品とは言い難いが、 後世、明らかに芭蕉が […]

「竹むきが記」(日野 名子)

特に深い理由はなく、 毎日寝る前に布団の中で古典を読むことにしているのだけれど、 いやぁ、この作品は睡眠導入としては最適だった。 南北朝初期の動乱の中にあって、 幼い息子を権力争いから守り育てる苦労や、 当時の朝廷(北朝)や公家たちの様子が、 克明に描かれている。 ただ、「中務内侍日記」と同様、 事実を客観的に書き残そうという意識が強いせいか、 文学作品というよりは、記録的価値の方が高いのかも。 […]

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