近代アート

「生誕140年 吉田博展」(@損保ジャパン日本興亜美術館)

ダイアナ妃が執務室に作品を飾っていたとか、 日本美術界の権威だった黒田清輝を殴ったとか、 マッカーサーが厚木に降り立ったとき、真っ先に「吉田博はどこにいる?」と言ったとか、 様々なエピソードに事欠かず、 もちろん画家としても一流の腕前だった吉田博であるが、 日本での知名度は、なぜかそれほど高くない。 しめしめ、これは展覧会も空いているに違いないと思ったのに、 実際はその逆で、 お盆中にもかかわらず […]

「種村季弘の眼 迷宮の美術家たち」(@板橋区立美術館)

種村季弘とか澁澤龍彦とかって、教科書には絶対に載らない作家だけれど、 僕は、漱石とか川端とかが好きだった一方、 こういうアウトロー作家の作品を読むことに幸せを感じる少年時代を送っていた。 種村や澁澤の文学は、美術なしには語ることはできないから、 今回のような展覧会は、まさにドンピシャ、 待ってましたと言わんばかりの、素晴らしい企画である。 エロ、グロ、ナンセンス、アナクロニズム、反芸術、、、 彼ら […]

「アンディ・ウォーホル展 永遠の15分」(@森美術館)

僕より少し上の世代の、いわゆるクリエイターを名乗る人たちの間での、神的存在。 好きなアーティストは?と言われたら、 「ウォーホル」と答えておけば、まず間違いないというような。そんな存在。 色眼鏡を抜きにして、あらためて、ウォーホルとは何だったのだろう、と考えると、 アメリカのポップカルチャーの渦中で、 アートとは?デザインとは?商業主義とは?ということにとことん悩んだ人であり、 逆に、彼の作品をつ […]

「藤田 嗣治展」(@山王美術館)

  JR難波駅から直結する、ホテルモントレ グラスミア大阪22Fにある山王美術館。 存在すら知らなかったのだが、行ってみると、 キレイなホテルの中のひっそりとした、 小さく控えめな美術館である。 藤田嗣治の展覧会に足を運ぶのは今年2回目、 展示作品が異なるので当たり前ではあるが、 前回とはまた違った感覚に浸ることができた。 今回、一番惹かれたのは、「花」という絵。 和洋折衷、などと言って […]

「レオナール・フジタ展」(@Bunkamura ザ・ミュージアム)

ポーラ美術館は遠いので、レオナール・フジタの絵をまとめて観る機会がなく、 今回、やっと念願が叶った形だ。 フジタの年譜を見ると、そのアクティブさにあらためて驚く。 今よりも世界がずっと広かった時代、日本とフランスの行き来だけではなく、 北米や中南米、それと中国など、公私に渡り、世界中を飛び回っていた中で、 これだけの創作活動が出来たということに、まず感服する。 そして、東京在住時代の、彼のアトリエ […]

「LOVE展 アートにみる愛のかたち」(@森美術館)

「LOVE展」のタイトルロゴは、おそらくFutura。 ルイ・ヴィトンをはじめとしたブランド界でも多用されているので、 デザインをする上での定番となった。 「O(オー)」が丸いのが特徴で、 この宣材では、「10th」の「0(ゼロ)」も同じく丸くすることで、 強調されている。 Futura好きのデザイナーなのだろう。 展示は、シャガールやミレイのような例外はあるものの、 現代アート、というかポップア […]

「第16回文化庁メディア芸術祭」(@国立新美術館)

ツールの発達した現代においては、 筆と絵具で描いた絵こそが芸術で、コンピュータによるグラフィックは芸術ではないのか、 という議論が、当然生じてくる。 そこで登場した、苦肉の策の造語が、この「メディア芸術」というもの(なのかな・・・たぶん)。 科学やエンターテインメントの領域だけでなく、 芸術の分野でも、コンピュータの存在は、もはや無視できないものとなっている。 かつてのように、生活の糧を得るために […]

「生誕100年 岡本太郎展」(@東京国立近代美術館)

肖像画の時代をピークに、西洋画では「顔」(表情)の地位が下がってしまったような気がする。 印象派にとっては、「どんな表情か」というよりも、「どのように見えるか」が重要だったし、 ピカソにしても例外ではない。 それに真っ向から対応したのが、岡本太郎だったろう。 彼の作品には、ほぼ例外なく「顔」がある。 ぱっと見、顔には見えないものでも、目が慣れてくるにつれて、目が見え口が見え、そこに表情が浮かび上が […]